高校生になった娘の不安症の今は。
高2の娘は小3のときに不登校になった。
1学期に不登校、2学期は母子登校、3学期再び不登校。
4年生からは波があったがぼちぼち復活。
5年生からは目標を持ち、今に至る。
ここにくるまで、というか今現在も不安症と一緒に生活している状態です。
私からしたら、そんなことで不安になるか!?っていうことで泣き続ける。
泣きすぎて目が腫れて学校を欠席する。
月2で欠席する。1回は生理痛、もう一回は不安になることが原因で休む。
理解しているつもりの私は、禁句を言ってしまう。
「そんなことで!?笑」
娘にしたら酷い母親です。
いつもあとから後悔しているけど、多分これからも言ってしまう。
長い間、娘の不安症と生活していると慣れてしまって、、、
正しいことはわからないけど、不登校の理由は子供それぞれ違うように、対象方法も違っていいと思っている。
欠席についても気にならないから、基本、休みたいときは休ませる。
そんな毎日です。
77歳、父の寿命
昨日の父の様子は、変わらず眠ったまま。
声をかけると「うー」と反応する。
うなづくが何も言えない感じ。
義理姉が見舞いに来てくれたことを伝えると、わかっているようで、うんうんとうなづく。
父の兄は67歳で癌が発覚し、余命3ヶ月と言われ入院後20日程で亡くなったのだ。
今から15年位前のこと。
父と同じで気づいたころにはもう手術は出来ない状態だったそう。
癌をギリギリまで気づかずに生きている人は多いのだろうと思う。
そばにいる家族は、一緒にいてどうしてもっと早く気づいてあげれなかったのか後悔するのだ。
一緒にいても本人が隠していたら簡単には気づかないだろうなと思う。
こればかりは、今更何をどうもがいても過去には戻れないし、これが本人の寿命なのだろう。
昨日、医師と少しだけ話しをした。
私「このまま逝ってしまう可能性はありますか?」
医師「眠るように逝くかも」
医師「心臓マッサージはする?」
私「いらないです」
医師「肌艶は末期の人には見えないんだよね、、、」
こんな会話だった。
そに肌艶に賭けてみたのだ!
抗がん剤が万が一効果が出て、少しでも生きれるのなら!と。
奇跡はないのですよ、いやあるのかな、でも全ての人には当てはまらないのは百も承知。
そして、父に話しかけてくれて、私と義理姉は泣いてしまったのだ。
そうして、こんなことを私に伝えてくれた。
「今、やっていることは全力で考えてやったこと、こうすれば良かった、あーすれば良かったなんて、どっちを選んでも必ず後悔するもの、だからどっちを選んでもいいんだよ」
抗がん剤をやらないほうが良かったのかもと思う私に気づいた義理姉が教えてくれたのだ。すごく心に響いた。
経験者の言葉で救われた。
本当にありがとう。
51歳娘と77歳父の記録~癌と判明されて
久しぶりの投稿で最近の我が家のことを書きます。
私の父は現在77歳。
今から2ヶ月前までトラックの運転手を30数年やってきましたが、体調が悪くなり仕事を辞めました。痩せて食欲不振で癌で余命1ヶ月の診断を受け、看取りということで実家近くの病院を紹介され入院しています。
最初の内科では看取りで治療は無しで、私も延命は望んでいないので納得して入院しました。しかし、入院先の医師の診断は少し違って、抗がん剤治療をやってみる価値があるのではないかという診断でした。
不思議なもので、かすかな望みが見え、弟と話し合いの結果、本人が受け入れるのであれば賛成の結論としました。その後、医師から本人へ告知し、少しの間をおき「やるしかないべな」と。
腸閉塞になる前に抗がん剤をということで、木曜日の告知→翌週の月曜から開始となりました。
2週間前に入院し、今日で抗がん剤治療3日の1回目が終わり、2日目。
昨日が体調が悪く、【しぬー】と言ってました。
しぬ人がしぬーと言うのか!?ですが。
元々、面白い人柄の父。
死んだふりもするし、1+1=3と答えるのがお決まりです。
体調が悪い今でもギャグで笑わせます。
孫二人にも超愛されている、じいちゃん。
息子は、今年の4月から就職で県外へ、娘は高1になりました。
産まれた時から、毎週実家で遊んでいた子供たちは、じいちゃんに愛されて育ちました。私と弟が子供のころはギャンブル三昧でほとんど家で過ごした記憶がないほど、母を困らせていた父。その後、離婚し、仕事を辞め遠い静岡県へ出稼ぎとして工場の流れ作業を半年やり、その後は兄と同じ東京の会社でトラック運転手をし、地元に戻り長い間長距離トラックの運転手、そしてここ数年は中型トラック運転手をしていました。
孫にお小遣いをあげるために一生懸命に働いていたのです。生きがいというものだと思います。年金も僅かではありますが、暮らすことは出来たと思いますが、運転がとにかく好きなこともあり何度退職を勧めても、辞めなかった父が体調悪化で退職を申し出たのが4月2日、今は5月中旬。この1ケ月半は長く感じるほど濃い出来事で頭がついて行けないので。
退職日に脳神経外科でMRIを受け、軽度認知症、軽度うつの診断。
薬を飲み、よくなるどころか、食欲不振と眠ることが多くなり、再度受診し点滴をしてもらい血液検査→翌日早急に検査結果を伝えたいとのことで、ドキドキしながらじいちゃんと病院へ→癌がお腹の中に一杯で、余命1ヶ月と言われ、看取りで入院が決まる。
ここでは本人告知はしないという選択。
そして、4月30日に入院。
5月13日から3日にわたり抗がん剤
5月19日は痛いことを訴えた父にモルヒネ。この日、面会の際にはすでにモルヒネを開始直後のこともあり、意識もうろうとして、視点もおかしく、声をかければ反応はあるものの、「ううー」と唸っている状態でした。
今日は5月20日、今のところ病院からの連絡はありませんが、どうしているのか心配ですが、こればかりは何も出来ないので、焦ってもどうしようもありません。
午後の面会時間まで、じいちゃん待っててね。
高校受験対策は、塾?家庭教師?
不登校経験の中3娘は英語以外の塾には行ったことも行く予定もありません。
高3の息子も小学生までスイミングスクールに通っていたくらい。
私の経験もあるのですが、行ったところで安心は得られる位で本人のやる気次第という考えから、自ら希望しない限り特に行ってもらいたいとか願望がありません。
ただね、娘は友達がみんな塾に行ってることもあり焦りが募るばかりのようです。
息子は勉強が苦手なので、成績が悪くて高校行けるのか???なんて心配しかありませんでした。そんな息子なのでもちろん勉強する気配もなく、私が参考書や問題集を買うというお節介をしていました。その問題集達は今娘が使ってくれていますが笑
それだけでは足りませんので、娘が欲しがる参考書は全て買ってあげることが親として出来ることだろうと思っています。

私は楽天ブックスから購入。
↓
楽天ブックスからだとポスト投函で2、3日で届きました。
帰宅後、張り切って3時間は勉強してました。
あーいう姿を見ると、欲しいものは買ってあげるのが親の数少ない仕事なのかもしれないと実感しています。
では、また。
不登校経験の娘は中3になったのだ!
小3で1年間の不登校を経験し、今は受験生です!
あれから、彼女の生活を簡単に書きますね。
小1から始めた英語のレッスンは中学生になるタイミングで本人の希望で辞めました。そこから、今に至るまで他の塾にも行ってないし、行く予定はありません。
彼女は予定があることが苦手です。学校行事も終わるまで不安でいっぱい。しかし終わると「楽しかった!」と言います。
遊びも自分から友達を誘うことはしませんが、誘われて行きたかったら行くが、その気がなければちょっとしたウソを付いて断っているようです。そのような性格もあり、友達と休日を2日連続など遊ぶのは嫌がります。必ず何もしない休日を週一は作ってダラダラ過ごします。
こんな風にして、ストレス解消しているようです。
SNSに関しても、いわゆるLINEやインスタXなどの見るだけで、DMは無視、LINEも1日ほど経ってから返信するとか、とにかく気分が乗らなければ既読無視!これは仲の良い友達は周知してるので、特に関係生は至って良好のようですね。
ま、もちろん、中学生なので今まで友達とのイザコザは多少あり、少しずつ乗り越えてきたように思います。
塾に関しても、私の考えも多少影響しているのでしょうが、塾には行った方がいいのかなあ?とたまに聞かれるので、行きたいなら行っていいよ。でも、睡眠時間を削ってまで行かなくていいと思うとか、高校はどこでもいいし、落ちたら私立でいいんじゃない?とか話してます。ここで、田舎のこちらでは公立か安いのでほとんどが第一希望は公立で、滑り止めで私立を受験します。最近は私立一本での受験も増えていますが、ハードルは低いので成績が良くない子が行く高校のイメージがまだまだ強いのです。
本人は不登校時には普通の成績でしたが、彼女が何かを目標に成績を上げてきたのは努力の賜物です。現在、市内2位の偏差値の高校を目指しています。
今は10月なので、これからが彼女の正念場。母の私は生き方に関しても、「人生はなんとかなるよ」というような主張が強いので、彼女のモチベーションを下げてしまっていますね。以前は「勉強しなさい」とか厳しい親が羨ましいとか言われたりして、他の親の真似をして「勉強しなさい」とたまに言うとキレられたり(笑)
親になって、やっと理解出来ることが多くて面白いです。
では、簡単に書かせて頂きました。
不登校真っ最中の子供を持つお母さんお父さん、これから学校に入学する子供たちの参考にでもして頂けると幸いです。
また。
不登校経験ありの中1娘の今日
昨日、帰宅早々、「あーどうしよう」から始まりました。
理由は、今月開催される文化祭で発表をすることになったこと。
先日、授業でヨーロッパにあるベラルーシという国の紹介をペアで行ったそうです。
その内容をそのまま全校生徒に向けて発表しないかと、先生に言われ、断れなかったという、、、。
ペアの相手はできないとはっきり言うし、もうやるしかない。
HSP気質がある
小3の1年間、不登校や母子登校を経験した娘。
完全に不登校を克服したのは6年生になったときからです。
不登校中にHSPを知った私は、本やネットなどで調べ、ちょっと違うのかなあって思っていました。
しかし、最近はこのHSPという認識がけっこう広がり、情報も増え、いろんな見解から娘も私のHSP傾向があるのではないかと思っています。
- 小さいことでも不安なため、いつも緊張している
- 人前では楽しく過ごせるが、一人の時間が必要
- 他人の目を異常に気にする
- 頼まれ事を断れない
- 目上の人と話すのが苦手
細かいことなら、たくさんありすぎて、だいたいで書き出してみました。
2週間後にある文化祭とことを今から心配してドキドキしている娘。
性格によって、こんな感覚が理解できない人は世の中には数え切れないほどいます。
しかし、こんなふうに常になにかに不安で、緊張感で心が疲れている人もたくさんいるのも事実です。
よく、そんな人を繊細さんとも言いますが、本当に繊細で、バカバカしいと思われるかもしれませんね。
子供のことで悩むって幸せ
不登校当初、私の頭の中は正解を求めていました。
こんな感情で埋め尽くされた私は、一人で一杯一杯になっていました。
今は、紆余曲折を乗り越えたこともあり、少しづつ自分と自分以外の人を理解することを第一に考えています。
不登校を正当化しているわけではないけれど、子供の訴えに気づけたことは幸せしかありません。
娘が行動で表したことも、克服している最中の今も、毎日不安と戦い登校していることも全て事実として受け入れる。
家にいる娘は自堕落です(笑)
それが嬉しい!!
オンとオフがあって、それを親の前で見せてくれる。
わがままで、うるせーとか口癖のように過ごす娘を見ているとM気質のわたしは嬉しくて、もっと言ってって伝えたり。
それを娘は「キモい」と言ったり笑
最後に
最近はコロナのこともあり、ジャージ登校なんですよ。
朝、短パンにするか悩む娘が面白いのです。
そんなことで悩む?って最初は思ってたけど、本人は本気で迷い悩んでる。
学校での出来事で悩み、成績で悩み、すごいかわいい我が子。
明日はお久しぶりの部活動再開です。
明日の悩みが楽しみです。
ではまた。
あれから〜子供の選択〜
2月にブログを書いて、あれから半年。
息子は第一志望の工業高校へ合格し、娘は中学校へ入学と二人同時の卒業、入学を終え元気に通っている状況です。
高校の合格発表は野球部の仲間や親たちと大喜びし涙を流し、こんな嬉しいことはないという感情で最高でした(笑)
本人も嬉しさで安堵していたものです。
しかし、人生というものは次から次へと壁にぶつかるようにできているなあと関心している毎日です。
仕事もそうですよね、初めは緊張感で何もかもドキドキして不満なんてことも感じることなく過ごしていますが、それなりに慣れてくると今まで見えなかったことまで見すぎちゃう。
だから、不満が出てくるもの。
中3までの6年間を野球に費やした息子は、最後の最後にバレーボール部に入部。
だいぶ悩み、希望を持って入部したものの半年経つと、文句も多くなり、辞める辞めないの繰り返しの今この頃なんです。
娘もテニス部に入部し、楽しい!と毎日のように言っていたのが嘘のように部活動が面倒で嫌になっています(笑)
今は、部活動もお休みの状況ですが、そろそろ始まるようですね。
ま、どうなるのか今の時点でははっきりわかりませんが、ちょうどいい休憩しているので悪くはないのかななんて思っています。
そんな子供たちに影響されている私は、残りの人生を楽しみたいと特に考えるようになりました。
子供たちが成長し、いろいろな変化を見ていると本当に勉強になります。
自分が子供の頃は何も考えずに生きてきたことを思い出したりして。
こうやって母親として成長している実感が毎日あるのが最高に楽しいです。
あと数年で50代ですよ〜心が幼稚な私がいつになったら大人になれるのか、この先ワクワクしかないです。