小3娘、突然の不登校奮闘記録

突然娘が不登校に、解決策はないけれども二人でいれる時間を大切にしてみることにしてみました

 母子登校中

小3の娘、5月のゴールデンウィーク明けから不登校でした。

2学期初めから母子登校中です。

 

ただし、先日1日だけお休みしましたよ。

ずっと、登校してきた娘にご褒美です。

 

理由は突然やってきました!

前日に教科書の準備をしていなかったので朝に用意を始めたのです。

なんてことはない、理科のノートがないと泣き出しました。

もちろん、学校にあるかもよとか、先生が持ってるかもよとかヒントを言いましたが

もう休むモードです。

何を言っても聞かないわけです。

案の定、学校に電話したら先生が集めていたのですが、とりあえずその日は休むことを先生も納得して頂きました。理科のノートがないことが理由ではないからです。

そう、きっかけにすぎないのです。

 

私も先生も2学期頑張って登校していたので休ませましょうと一致したのです。

 

本当の理由は娘のクラスの友達が休みがちになったことなのです。

友達も不登校になりかけています。

もともと、1、2年生のころから頭痛や腹痛で休むことが多く、原因はストレス性のもの。

その子のお母さんには娘が不登校になりお互いの相談にのっていたので、一緒に助け合いたい気持ちです。

 

お友達が不登校の原因はクラスの騒がしさです。

母子登校中の私から見ても学級崩壊であることは間違いありません。

事実、先々週から担任の先生も心の病で3ケ月の休職となってしまったのです。

このことはまた次回にでも。

 

話は戻り、娘が休んだ日にお友達もお休みしていることもあり校長先生から校長室に来ないか、お話しようとお電話をいただいた友達が私の娘を誘い行くことになりました。

 

授業中に校内に入り、校長室へ。私と友達のお母さんは図書室待機で約一時間ほど。

なにを話したかは定かではありませんが日頃のストレスを小出ししてきたようです。

 

あれから2週間、状況は少し良くなっています。

お友達が1日数時間だけ学校にきて廊下で授業を見学したり、給食を食べたり。

その日の気もちで行動している最中です。

うちの娘は3ケ月かかったことを彼女は数週間で学校にき始めているのです。

まだまだ時間はかかりますが、ゆっくりいきましょうね。

 

また。

 

 

 

 

密かに部活へ復帰

小3娘、5月のゴールデンウィーク明けから不登校

2学期から連続登校(母子登校中)。

 

4月から6年生の兄の所属する部活とクラブの野球に入部しておりました。

不登校になる前の1ケ月は土日も張り切って野球の練習に励んでいました。

 

実際は人数不足のために娘も了解のうえ入部したのですが、不登校になって即休部にしてました。

それでも、試合の応援や練習にも同行していましたがベンチに入ることとユニフォームが着れずにいました。

 

しかし、先週の試合にバットボーイがいないので監督からお願いされてユニフォームを着て参加したのです。

以前の娘には考えられない行動です。

不登校中でしたから気持ちに余裕がなく、「嫌」とのことで監督にも了解を得ていました。

もちろん事情はみなさんご存じでしたので特に困ることや都合の悪さもなかったわけです。

 

でも、頼まれて参加したとはいえ娘の心情の変化にとても驚いていたところへ、本日の試合にも自分から参加すると言い出したのです。

 

もうほとんど元気になったと思ってしまいますよね。

 

それでも、2,3日前の夜には涙を流して、学校に行くのがイヤだなーって言っていました。

本日、日曜日ですが先ほど独り言のように「あー明日学校イヤだな~」って発言してましたよ~

こういうこと、1年は続くそうです。

月曜日は毎週ですよって言われてます、スクールカウンセリングの先生に。

 

いいんです。それで!

もう怖くないです、私。不登校中は地獄のような日々でしたから、それに比べ今は何も恐れるものはないかもしれません。

経験は武器になります。

娘にとっても私にとっても、家族にとっても。

 

明日も一緒に登校です。

先週は午後は私だけ帰ってきてました。

目標はもちろん一人で登校すること。

では次回。

 

突然ですが母子登校中

小3の娘、5月のゴールデンウィーク明けから不登校

先週から2学期が始まり、夏休みの宿題を終えた娘は始業式2日前からの学習会から出席している最中です。

その代わり、母である私と一緒に登校し、娘は教室の机で私はクラスメイトから見えない影で椅子に座って過ごしている毎日です。

 

娘の小学校は低学年が始業式前の2日、高学年が3日とどちらも午前中のプリントなどの学習をするのが恒例となっております。もちろん、強制ではありませんので来なくても問題ありません。

しかし、不登校の児童のいる家庭にはこの始業式前の登校はチャンスの1つと考えるのではないでしょうか。

スクールカウンセリングの先生からはこの学習会がまず目標、そして始業式、そして休み明けの月曜日が大切だと言われていたので、私の心は緊張でいっぱいでした。

でも、そんな顔は見せられません。

行っても行かなくても、どっちでも構わないような素振りを意識していました。

学習会は案外スムーズに行けましたね。

 

もちろん、すんなりにはいきません。

 

すったもんだがありましたが、行けなくてもしょうがないと腹をくくっていたので特に大変とは感じませんでした。

 

また、担任の先生が娘を考慮したのかわかりませんが、2時間のうち1時間をプラバン製作とスライム製作にして頂いたおかげで楽しかったと言っていたのです。

 

それでも、翌日の始業式はすんなりいかず、「行きたくない」と泣き、暴れ、そして眠り。先生からの電話で目が覚め、何としても連れてきてくださいと言われたのです。

 

そんなとき、カウンセリングの先生に言われた言葉を自分に言い聞かせ冷静に娘の行動を待っていたら、準備をして結局3時間目から登校したのです。

 

「行きたくない」の言葉は「行きたい」ことの表れだとゆうこと。

 

これを信じ、黙って見守ったことが良かったのだと納得しました。

 

次回に続く。

 

 

夏休みでも不調なんです!

夏休み中、色々なことがありました。

数日で始業式が始まりますが、宿題が終わってないのに遊びに行っている小3の娘。

 

遊びに行くのも宿題が終わってなくても本当はいいんです。

でも、「宿題が終わってないから学校に行かない」って言いそうで怖い。

期待しないつもりでも元気な娘を見ていると期待してしまいます。

 

夏休みは始まって1週間くらいたったある日、娘は昼ごはんを家族で食べていて突然パニックに陥ったのです。

ご飯粒が喉に引っかかって苦しくなり慌ててしまったわけです。

オロオロと泣き叫ぶ様子が異様に感じました。

大丈夫だよ、と何回も言い聞かせでも一人歩き走り「どうしよう、どうしよう」の繰り返し。1時間くらいかかり何とか落ち着いたものの、その日の夜中、眠っていて突然起き出し泣き出しました。

それから、1週間くらい小さなことで不安になり喉が詰まった感じに恐怖を抱くことになりました。

そのため、小児科で受診して不登校のことも伝え、喉やお腹には特別異常は見られないことを診断して頂き、子供専門も心の発達専門の小児科を教えて頂きました。

あれから、娘は自分の体に異常がないことがわかり、安心したのか状態もよくなり今はパニックも頭痛、腹痛はなくなりました。

ただ、このことで小さい頃からパニックになることがごく稀に起きていたことを想い出しました。

そこで、癇癪持ちであることに気づいたのです。

うまく付き合っていくことが大切なのかもしれないと思っています。

こうして、元気に生活して嫌々ながらも宿題をやっている姿が嬉しいのです。

学校に行く気がない子なら宿題は全くやらないはずです。

それでも学校には行きたくないと言いますけどね。

 

一歩進んで二歩戻り。

いつか追いつけますように。

ちょっとの変化が嬉しいと感じる

英語を習っている不登校小3の娘は英語の先生のお宅で指導を受けています。

5月から不登校になり休んだのは2度。1週間に1度で先生の娘さんは親友です。

そのため、英語のあとは1時間ほどそのまま遊ばせていただき迎えに行くのがお決まりでした。

 

不登校になり英語に行き始めたのは私がそばで見学することが娘の条件でした。

しかし、その日は小6の息子のスイミング教室もあり、私の送り迎えが必要なため、

往復45分は付くことができません。数回はスイミングを息子の事情で休んだので

あっさり英語に行くことができました。

しかし、息子のスイミングのテストの日はそちらが優先になるため英語にはついていられないことを娘に伝えると「ママがいないなら英語休む」との結論でした。

私も「そうか、わかった」と答え、英語の先生に休むことを連絡しました。

 

そして、息子を学校に迎えに行く途中、突然娘が「やっぱり英語行く」と。

私も内心嬉しかったのですが、「わかった、教科書あとで届けるから」と冷静に答えました。

 

娘は不思議とクラスのメンバーに合うことに拒否反応がなく、学校帰りの友達と平気で遊ぶことができるので、学校でそのまま娘を下し友達と先生宅へ、代わりに息子を乗せ

私は自宅へ戻り英語の教科書を先生宅へ届け、先生に経緯を説明して、いったん戻ったのです。

 

こんな嬉しいことはありません。

娘が自分から行くと言ったこと。

不登校になり英語の宿題も何1つやらなかった娘が次の週はじめて自分から宿題をし始め、たまっていた宿題も終わらせました。それも私にいつも内容を聞き、私が指示していた宿題を自分で全て考え書き込みしたこと。本当に嬉しかったです。

 

ただ、前進したものの明日から学校に行くわけではありません。

喜びすぎるのも良くないらしいので、平常心を忘れずに。

 

 

カウンセリングで生き返る

先日、教頭先生に嫌なことを言われたことを書きました。

 

その日、スクールカウンセリングを1度は断ったのですが、

教頭先生のことがモヤモヤして、カウンセリングを受けることにしました。

 

結果、話すことができて良かった。

教頭先生に言われたことも伝え、聞いていただけたこと、共感してもらったことで私の心の中がフワッと軽くなったのです。

そうです、話すことでサッパリしたのです。

 

不登校の子供と一緒に日過ごしていると知らず知らずのうちにストレスが大きくなってしまい、上手く解消しないと頭がパンパンになってしまいます。

24時間子供と一緒にいることは本当に幸せです。

しかし、不登校の子に対し親は腫物に触るように接していることもあるので気力体力が結構消耗されるからです。

カウンセリングは親が変わるために必要なものの1つなのかもしれません。

 

このストレス、そもそも感じなければ問題ないのかもしれないですよね。

不登校児は家にいることで本人が不安でいっぱいになっているわけで、わがままを言い、思い通りにいかなければ暴れたり、暴言で親を罵倒したり。

これを我慢することでストレスとなる。

だったら、受け止めても気にしないことがいい。

もちろん、私もすぐに許すことができなく、なんでも私のせいにしたり、叩いてくることにいちいち反応して喧嘩していました。

 

でもある日、ある方のブログで不登校児の発言に毎回怒っていたら体が持たないから、気にしないことが1番いいと書いてありました。

何度もそのブログを読んではいたものの、半信半疑の状態で即実行はしていなく、最近になり読み返したところ私の中にスーッと入ってきたので試したころ、とても気持ちが楽になり喧嘩になることも少なくなりました。

小3の娘を観察していると自分の思い通りにならないと私に怒りをぶつけてきます。

かと言って思い通りにさせることは良くないこともあるのでそこは以前と変わらず出来ないことは出来ない、買えないものは買えないと伝えています。

そこで、いつもだと私も怒り爆発で二人で言い合いになっていましたが、今は出来る限り娘の怒りに共感することで癇癪もだいぶ治まるようになりました。

それでも毎日何かしらで「ママのせい!」と理不尽に私に当たってきます。

そんな時、私は心の中で、娘は苦しいんだね、いっぱい考えてるんだね、と思うようにしています。

見ていると本当にもがき苦しんでいるのだと感じるからです。

親の目線を変えてみてください。

自分が不登校だったらと想像すると、娘の気持ちがわかるようになった感覚になります。私の気持ちも優しくなるようです

 

実際、まだ不登校を克服していませんので大きな声では言えませんが親の気持ちが少しでも軽くなること間違いなしです。

 

 

不登校を克服するために

娘が5月の連休明けに頭痛と腹痛を訴え、そのまま不登校になって30日近くになったころ、急に教頭先生が話かけてくるようになりました。

気にかけてくれていると感じることもあり、嫌な気分ではありませんでした。

 

しかし、ある日の朝、悩んで結果校外学習を欠席する旨を学校に電話したあと、わざわざ教頭先生から折り返しお電話をいただきました。

その日はカウンセリングの先生の来校予定日でもあり、受けられるかの確認でもありました。

娘は家で留守番ができません。母子分離不安でもあり私から離れられないからです。

私だけのカウンセリングだし今回はお断りしたのですが、それに対し教頭先生は私の家庭の事情を聴く耳も持たず罵倒とも取れるような言い方で家庭批判されたように解釈しました。

お父さんとお母さんが娘の為に同じ方向に向かっているのか、カウンセリングや経験豊富な先生など色々な方の意見も必要。お母さんだけ取り組むのは良くない。

夏休み前に学校とお父さんお母さんとで話し合いをして対策を取る予定だとか。

今まで、大丈夫ゆっくり休ませてあげてと担任の先生に言われていたのに、突然教頭先生が割り込んで一気に責められているようで、電話をしながら涙をこらえていたくらい悔しい思いをしました。

電話を切ったあと私は涙をぬぐいながら怒りがこみ上げてきました。

 

 

次回に続く