小3娘、突然の不登校奮闘記録

突然娘が不登校に、解決策はないけれども二人でいれる時間を大切にしてみることにしてみました

不登校だから幸せになりたい

不登校の小3の娘。

小6の兄は普通に学校行ってます。

 

息子も娘同じく内弁慶です。

娘と違うことは、私がずっと仕事をしていたため放課後教室に1年生から行っていて、小3になるころには一人で鍵を開けて家に入ることはできていました。

内弁慶でも小さい頃から悪いことは許せない正義の味方タイプで、友達が悪いことをすうると注意のする子でした。逆に真面目すぎることが少し不安もあり友達にいじめられたりしないかなあなんて思っていました。

体が細く、身長も一番低いですがクラスの1番大きい子がいじわるしたら向かっていく男らしい態度に私も驚いていました。先生も何をしても息子はぶれない子だと信頼して頂くことが多く頼もしく思っています。

娘も真面目ですが、やはり無理をしていたことで学校生活が疲れてしまったのかもしれません。

引っ込み思案なところも小さいころの私にそっくり。

私も小2のころ学校に行き渋りでしたが小3に担任が変わったことで毎日登校していたようです。

記憶がないので、どうして学校に行きたくなかったのか覚えていないので娘の気持ちに寄り添うことができないのが申し訳なく思います。

今思うと原因なんてなんでもよかったのかもしれません。私の母は朝から夜遅くまで仕事をしていたので淋しかったのでしょう。

そのことが今でも私の心に存在していることも原因の一つだと今なら思います。

 

子供のころのほんの数年や数か月の不登校は一生のうちのほんの一部です。

私にとって小学生の頃なんてつまらない日々でしたが今は何も困りません。

 

もちろん、そんな格好いいことを言っていても娘のことを考えると不安になるのです。

そんなものかもしれません。

そんな立派な親でなくてもいいんです。

つまづくから面白い人生なんだ。

そのあと起き上がればいい。

失敗してもいい。

挫折したほうがいい。

忘れ物したっていい。

自分を許して身軽に生きていきたい。

子供の気持ちが晴れるまで一緒にいよう。

私はもう一度子育てをし直すことにします。

日々変わる親の気持ち

学校にいかなくなって2週間くらいして、算数のわり算がわからなかったと話してくれました。

4月から授業中はボーッとして先生の話が耳に入ってこなかったらしく、わり算も理解できずにきたのだと。それであれば、ママとやってみようとなり、案外すんなり解けて自信がついたように喜んで数日は計算を集中して行っていました。

それも3日坊主で終わりましたが苦手なものをクリアしたときの娘の喜びを見て、これは学校行けるかも?と安易に考えていましたがそんな上手くいくはずもなく・・・

 

最初は休んでる間に3年生の勉強全部終わってしまったらいいかもって娘と盛り上がり理科にも取り掛かりましたが途中わからないところでつまづき、それ以来理科も社会も教科書も見ることもなくなりました。

 

やはり集中力が短い子供には一人勉強はなかなか難しいですね。

「まだ3年生、もう3年生」

どっちなんだろう?口は達者ではありますが・・・

 

不登校になって最初の1ケ月は精神的に辛く、毎日毎日泣

いていました。

娘の前でボロボロと。それを見た娘もボロボロ。

2ケ月目に入った今は比較的安定して、学校に行かせようと口にすることはないですが、行かせようと必死に自分が変わろうともがいています。

自己肯定感なんて言葉が多く出てくる不登校問題。

子供を変えるのではなく、親が変わればいいと言われる。

親が自分を認めること、自分を褒めること。

簡単そうで難しい。

それでも何もやらずにはいられないから今日も考える。

過干渉をやめること、子供の話しを聞くこと、自分の意見を言わないこと。

娘のためになんでもやってみようと思う今日この頃です。

 

ハムスターが助けてくれるかも

そんな不登校のある日、周りからのススメもあり飼育が簡単なハムスターを飼うことにしました。

私は動物全般苦手なので一生動物は飼わないと思っていました。

しかし、事態は変化します。

娘のためだけにハムスターを飼う決意をして購入しました。

 

ジャンガリアンのメスで全身ホワイトのハムスターを彼女は選びました。

動物は好きなので前々から犬か猫が欲しいと言っていましたが、苦手な私は頑として拒否していたのです。

そんな私の気持ちを動かした娘の不登校

このまま黙ってみているわけにはいかない、そんな気持ちから何か変化を求めてハムスターを飼うことにしたのです。

 

最初のうちは、ゲージの掃除やえさやり、水入れをしていましたが、そのうち掃除はしなくなりました。えさと水だけは入れ替えしてますね。

 

ハムスターが家にやってきて1ケ月、大きな変化はありませんが、娘が思った以上に愛情をもって世話していることに驚きです。

 

娘は親になったのでしょう。

話しかけている様子はお母さんそのものです。

 

また次回。

 

 

 

子供の気持ちを変えたい

小3の娘が学校を休み始めて数日後から近くの公園を散歩し始めてみました。

運動が嫌いな私にとって散歩でも辛いものです。

でも、そうも言ってられないと自分を奮い立たせ、今が頑張るところだと言い聞かせ2週間ほど天気のいい日は毎日2,3時間を散歩しました。

娘は自転車でしたがスポーツ広場や競技場でもあるので広く飽きることなく続けられました。

しかし、2週間ほどたって雨が続くようになって散歩を休むとなんとなく面倒になり止めてしまいました。

娘は行きたいようでしたが、これを無理して毎日続けていたら私が倒れると思い無理することを止めたのです。

それに、いくら散歩が不登校児にはオススメと言われても当の本人が一向に改善する兆しがないようだったので....

 

今思い出すと散歩していた時は歩きながらでも休憩していた時でも常に娘の気持ちを聞き出そうと躍起になっていたようでした。「気持ちいいねえ」なんて話すと娘は自分のことや学校にいけないことなどたくさん話してくれました。

確かに緑を見ていると解放感がたまらなく気持ちよく、涙を流しながらお互い話しました。

でもそれだけで明日から学校に行くなんて言うわけもありません。

期待すればするほどショックは大きくなります。

でも気持ちが変わるかもしれないと期待するのです。

焦っていました。毎日、少しの時間も無駄にしてはいけない、なにか気持ちを変えたいと常に考えていたのです。浅はかな自分が今思うと情けなくなります。

勿論、まだまだ不登校ですから偉そうなことは言えませんが、いつか克服して継続登校ができるようになったら堂々と語りたいものです。

 

また次回。

スクールカウンセラーの役目

突然の娘の不登校で親として失格したように落ち込みました。

 

そんなある日のこと、スクールカウンセラーの存在を忘れていた私は、知人に勧められて即学校に予約をお願いしました。

私はスクールカウンセラーに相談すれば適格な解決策が見つかるものだと勝手に思い込んでいたのです。

 

実際は、初日だからなのか私が主導で娘の様子を話していて、私が質問したことにカウンセラーの先生が答える流れで1時間半の相談は終わりました。

 

こんなものか、少し期待はずれだったかもというのが感想でした。

初日なので先生もはっきり言えませんが、母子分離不安なのではないか、とりあえずゆっくり休んで様子を見ながら勉強のことを娘と相談、短時間での登校、私の仕事を続けていいものかの3つを一気に言うのではなく機嫌のいい日に一つずつ話していくと原因や解決策がわかるかもしれないとのこと。

 

意気込んだ私はやる気満々で行動を起こすことに・・・

 

 

そんな簡単に上手くはいきません。

カウンセリングは相性もあるし、絶対ではないことにここで初めて気づいたのでした。

 

カウンセリングは不登校の親の為に行うことが多く、子供本人との相談もいいのですが

不登校の場合はカウンセリングは親と行い、子供の対処を模索し実行していくのが王道のようでした。

何も知らない自分にいかに不登校が他人事のこととして過ごしていたかを痛感しました。

まさか自分の子供が「不登校」になることを誰が予想していたでしょう。

みなさんも同じではないでしょうか。

子供と向き合う時間は本当にこれからなのだと、子供のことを知っているようで何も知らなかったことも、子育てはここから始まります。

また、次回。

 

GW明けから頭痛と腹痛

水曜日、英語塾のお迎えで小3の娘は突然、激しい腹痛を訴えてきました。

とりあえず車に乗せ、そのまま小6の息子のスイミングのお迎えに行き、途中何度も痛がる娘を励ましながらなんとか帰宅。

不思議にお腹を撫でてあげたら痛みも消え夕飯も完食し、元気に遊んでいました。

その日は学校でも痛かったらしく保健室にも行ったことを報告してくれました。

 

次の日は普通に登校しましたが、翌金曜日お昼前に学校から連絡。

頭痛腹痛で熱はなしですが先日も保健室に行っていましたので、先生も大事をとって早退したほうがいいと言われ早退させました。

もちろん、帰宅後は元気になり私もあまり気にしていませんでした。

が、日曜日に「学校行きたくないなあ」と話していましたが、特別嫌がることもなく月曜日も登校しましたが、帰ってきて早々頭痛を訴えてきたのです。

 

とうとう翌日火曜日、頭痛で休みました。

1,2年と一度も休んたことがなく皆勤賞だった娘が休んでしまい、本人が一番ショックだったようです。皆勤賞がとれなくなるなったこと、頭痛が起こる不安で、そこから学校に行けなくなってしまったわけです。

 

あれから1ケ月です。まさか娘が不登校になるなんて思いもしなかったので、現実を受け止めることができなかったのです。

 

今日はここまでにしておきます。