小3娘、突然の不登校奮闘記録

突然娘が不登校に、解決策はないけれども二人でいれる時間を大切にしてみることにしてみました

宿題よりも大切な物

2017年の5月のゴールデンウィーク明けから不登校になり夏休み明けから母子登校中の小3の娘。

冬休みには東京ディズニーリゾートへ2泊3日の旅行が控えているので、休みに突入して即宿題に取り組んでいました。しかし、不登校中は一切勉強をしていなかったので漢字が理解ができていないこともありまして、プリント集の漢字は答えを書き写しておりました。私もあえて注意することはしませんでしたが算数は自分で計算してねと念を押したにもかかわらず全て答えを見て記入していました(笑)

しかしながら、その集中力には関心してしまいました。無我夢中とはこのようなことを言うのでしょう。答えを写すことが必ずしも間違いとは言えないと考えさせられる出来事でしたね。漢字は書くことや辞典で調べることだけが重要だと勘違いしていた自分が恥ずかしいとさえ思いました。

集中して短時間で取り組むことの方が効率的であると改めて実感したのです。

 

そして、不登校経験のある子や不登校の子、不登校になりかけお子には勉強や宿題よりも重要なことがあるのです。勉強は自分のやりたいことの為に必要であれば自ら取り組むものです。

 

冬休みに入ってすぐ担任の先生との保護者との面談があり、宿題の書き写しの件は伝えました。もちろん、反対などはなく理解して頂きホッとしました。

 

不登校に限らず、子供のストレスは重大なことに繋がるかもしれないのです。

もちろん、学校に元気に行けるならいいのですが、そうではない子供たちがいるのも事実です。それも決して少なくない人数の子供たちがストレスや悩みを抱えています。

宿題は人生において必要なものなのかは人それぞれだと思います。学校も必要な物なのかも人それぞれなのです。

私は、娘に過干渉だったのは事実です。

今ままでの私なら宿題はきちんと提出し、書き写しなどは許せませんでした。

不登校の親を経験して、子供を支配して挫折をさせないことより、失敗して自立させることの方が大事だと思いました。

子供より私が変わらないといけないわけです。

 

週休3日

5月のゴールデンウィーク明けから不登校の小3の娘。

現在、母子登校中。

2学期から再登校して10月あたりからちょくちょくお休みしたりの日々です。

最近は週1日休むことが続いているので週休3日制のような感じです。

本人は前日から休むことを決めているようですが私にすれば当日突然泣いたりして休みたいアピールをするので驚いてしまいます。

 

だいたい、疲れがたまるのもわかります。

娘は日直が特に嫌いなので前日から行きたくないと泣いていますがそれ以外でも休むので理由はハッキリわからないのです。

前にも書きましたがクラス男の子がとにかくヤンチャでうるさい。

それでも、若干は授業の態度に変化が出始め、質問するときは手をあげたり、先生の問いかけにも当てられてから答えるなど本当に僅かですが改善されたように見えます。

 

確かに「気のせい」かもしれませんが、本当にちょっとだけ良くなっていると感じます。

 

それでも、また1つ問題点が見えてきました。

男の子たちは女の子にも暴言や暴力が酷く、けんか腰で接しているのを毎日見ています。

他人の間違いをすぐ指摘して言葉で攻撃開始してくるのです。

こんな男の子たちに言い返す女の子はいないので(6人が女子)益々酷くなっているのではないかと心配しています。

 

私も毎日見ていますが、全てに注意することはあえてしていません。

もちろん、ケガなど起こりそうな時はある程度のところで声がけはしますが。

ただ、じーっと見ています。私は見ていてどうするか考えて欲しいから。

先生であれば喧嘩の前に止めるでしょう、しかし私は先生ではありませんから学校の中のところまで介入するわけにはいきません。

まだまだこんな感じですが。

娘の不登校とクラスの男の子たちの様子をまた次回。

娘のクラスは学級崩壊

小3の娘は5月のゴールデンウィーク明けから不登校

2学期の今は何とか母子登校中ですが最近ちらほらお休みがあります。

夏休み明けから私は教室の廊下で見学し給食前に帰宅、娘の帰宅時間には学校にお迎えを毎日続けて3ケ月がたちました。

 

娘の小学校は各学年1クラスしかない小さい学校です。

ですから6年間クラス替えはありえません。

そのクラスは学級崩壊真っ最中です。

1年のときから問題児の多い子供たちが集まっているので先生方は苦労されていましたが、男の子がうるさいので女の子の親としてあまり関心もなく3年生になっていました。

もちろん、1年生のころから悪評や娘からの話でうるさい子たちがいて大変なのは知っていましたが、実際母子登校するようになり驚いたのが事実です。

 

まさか、ここまで!

授業中は鉛筆削りのために教室の前後にある削り器へ無断で向かったり、ランドセル置き場やごみ箱へ無断で立ち歩くのです。もちろん、先生の話は聞きません。手遊び、会話、口けんか、なんでもありのクラス。

10月からは担任の先生が代わり(前担任は心の病により休職)少し慣れてきたのもあり新担任も最近は頭を悩ませている様子が伝わります。そのため、ちょくちょく爆発(温厚な先生だと評判)。

 

よくここまで我慢しました。

ですが、手遊びも多いのでお道具箱のハサミやのり、三角定規、コンパス、クーピーなど全て没収され、使うたびに渡すことにしたようです。

校長先生いわく、正しいやり方がわからないのだから何でも試してみようと担任と話したそうです。

私も賛成でした。

この子たち一人一人に合う方法が見つかればいいのですが10人ほどいる男の子たちに気づいてもらうことが大切なのではないのでしょうか。

 

問題の子たちの親には学校からは言えないそうなので、それであれば気づいている親の子供たちに言い聞かせて地道に直していくしかないのでは・・・・

問題のある子どもたちの親は参観日などに来ても懇談会にはくることはないのです。

話すこともできないので、本当に知り合いの親御さんと協力するしかないと。

 

また、報告します。

たぶん、そんなに変わらないとは思いますが。

不登校は繰り返されるのか

5月連休明けから夏休み終わりまで不登校の小3の娘。

2学期初日より登校中でしたが。。。。。

 

今週の月曜日から3日連続で休んでおりました。

本日木曜日は今週末行事の学習発表会の全体練習のため登校しております。

いつもであれば私も一緒に午前中を廊下で過ごしていますが、練習見学は本番にとっておきたいため娘の了解を得て行かないことにしました。

 

まず、どうして月曜日から再び不登校になったのか!

月曜日の登校直前に突然ぐずり始めたのです。理由はなく泣きだし、月曜日恒例の「学校に行きたくない」の連発。

いつもであれば前日の日曜の夕方あたりから「行きたくない」があるのですが、今回は特別何もなく私も危機感すらありませんでした。

それでも、恒例行事と思っていますから、学校にはその旨お伝えして、「行ければ行きます」とゆうことにしたわけです。

行く気配はなく1日二人でゆっくり過ごしました。この時点で私は明日からは普通に行けると迷いなく思っていたので心にもゆとりがたっぷりありました。

 

翌日、火曜日「行ってきます」と出かけて行きましたが数分で「ママ!お兄ちゃんが意地悪した、学校行かない」と戻ってきたのです。

内心、あーこれやばいな。

話し合いの結果1時間の始まる時間には私と一緒に登校することにして車で走り出した途端に「行きたくない」の連続。

私はとっさに不登校中のお友達のところに迎えに行こうと提案したのです。

これがマズかった。

お友達は行く気はなく1時間ほどお友達のお宅で遊び、学校に行こうと誘っても無理だったため娘だけ遅刻で行くことにしたら「学校行きたくない」です。

 

それでも、集金と給食着を学校に持って行かなくてはいけないので私だけ職員室に行き、事情を説明し今日は休むとことに。

 

不登校のお子さんをお持ちの方や経験あるかたならご存じかと思いますが、行きたくないから休ませるなんて親がおかしくない?と思われる方もたくさんいらっしゃるかと。

これは簡単なことではないのです。無理やりほど危険なものはありません。

この先、子供が学校に行けるか行けないかの瀬戸際にいる場合、ここが重要なポイントになるのです。

親の言動で不登校が長引くかもしれない、とにかく行きなさいとは安易に口に出すことでどん底に落ちるかも。

 

そして、結局水曜日もお休みしたのです。

この日は最悪です。

不登校中の悪夢がよみがえり私の心をメチャクチャに破壊させ、苦しんでいる娘へ嫌な言葉を投げかけ一緒に号泣。

こんなことがしたかったのではありません。

娘に行く勇気を与えたい!これが全ての間違いなのをわかっていて親の経験からくる上目線の言葉を言い続け疲れ果て、二人で昼寝してしまいました。

 

何を私はやっているのか、前と同じことを繰り返してしまった。

前の反省はどこにいったのか。

娘が悪いのではないけれど学校に行けないことを激しく罵倒する自分が恥ずかしく、情けなく。

 

不登校になった時点でカウンセラーの先生に、1年はかかりますと言われた言葉が私の頭にずっとあります。あれから半年、あと半年。でも1年以上かもしれません。

また、反省を繰り返し一日一日を過ごすのです。

振り出しに戻ったかもしれない。いわゆる失敗かもしれない。

でも、不登校の教科書も薬もない。

経験から学ぶしかないのは人生。

誰に教わるわけでもない。

子供と一緒に歩けることを嬉しく思い過ごしていきたい。

私は幸せかもしれないと本気に思っている今日この頃です。

 母子登校中

小3の娘、5月のゴールデンウィーク明けから不登校でした。

2学期初めから母子登校中です。

 

ただし、先日1日だけお休みしましたよ。

ずっと、登校してきた娘にご褒美です。

 

理由は突然やってきました!

前日に教科書の準備をしていなかったので朝に用意を始めたのです。

なんてことはない、理科のノートがないと泣き出しました。

もちろん、学校にあるかもよとか、先生が持ってるかもよとかヒントを言いましたが

もう休むモードです。

何を言っても聞かないわけです。

案の定、学校に電話したら先生が集めていたのですが、とりあえずその日は休むことを先生も納得して頂きました。理科のノートがないことが理由ではないからです。

そう、きっかけにすぎないのです。

 

私も先生も2学期頑張って登校していたので休ませましょうと一致したのです。

 

本当の理由は娘のクラスの友達が休みがちになったことなのです。

友達も不登校になりかけています。

もともと、1、2年生のころから頭痛や腹痛で休むことが多く、原因はストレス性のもの。

その子のお母さんには娘が不登校になりお互いの相談にのっていたので、一緒に助け合いたい気持ちです。

 

お友達が不登校の原因はクラスの騒がしさです。

母子登校中の私から見ても学級崩壊であることは間違いありません。

事実、先々週から担任の先生も心の病で3ケ月の休職となってしまったのです。

このことはまた次回にでも。

 

話は戻り、娘が休んだ日にお友達もお休みしていることもあり校長先生から校長室に来ないか、お話しようとお電話をいただいた友達が私の娘を誘い行くことになりました。

 

授業中に校内に入り、校長室へ。私と友達のお母さんは図書室待機で約一時間ほど。

なにを話したかは定かではありませんが日頃のストレスを小出ししてきたようです。

 

あれから2週間、状況は少し良くなっています。

お友達が1日数時間だけ学校にきて廊下で授業を見学したり、給食を食べたり。

その日の気もちで行動している最中です。

うちの娘は3ケ月かかったことを彼女は数週間で学校にき始めているのです。

まだまだ時間はかかりますが、ゆっくりいきましょうね。

 

また。

 

 

 

 

密かに部活へ復帰

小3娘、5月のゴールデンウィーク明けから不登校

2学期から連続登校(母子登校中)。

 

4月から6年生の兄の所属する部活とクラブの野球に入部しておりました。

不登校になる前の1ケ月は土日も張り切って野球の練習に励んでいました。

 

実際は人数不足のために娘も了解のうえ入部したのですが、不登校になって即休部にしてました。

それでも、試合の応援や練習にも同行していましたがベンチに入ることとユニフォームが着れずにいました。

 

しかし、先週の試合にバットボーイがいないので監督からお願いされてユニフォームを着て参加したのです。

以前の娘には考えられない行動です。

不登校中でしたから気持ちに余裕がなく、「嫌」とのことで監督にも了解を得ていました。

もちろん事情はみなさんご存じでしたので特に困ることや都合の悪さもなかったわけです。

 

でも、頼まれて参加したとはいえ娘の心情の変化にとても驚いていたところへ、本日の試合にも自分から参加すると言い出したのです。

 

もうほとんど元気になったと思ってしまいますよね。

 

それでも、2,3日前の夜には涙を流して、学校に行くのがイヤだなーって言っていました。

本日、日曜日ですが先ほど独り言のように「あー明日学校イヤだな~」って発言してましたよ~

こういうこと、1年は続くそうです。

月曜日は毎週ですよって言われてます、スクールカウンセリングの先生に。

 

いいんです。それで!

もう怖くないです、私。不登校中は地獄のような日々でしたから、それに比べ今は何も恐れるものはないかもしれません。

経験は武器になります。

娘にとっても私にとっても、家族にとっても。

 

明日も一緒に登校です。

先週は午後は私だけ帰ってきてました。

目標はもちろん一人で登校すること。

では次回。

 

突然ですが母子登校中

小3の娘、5月のゴールデンウィーク明けから不登校

先週から2学期が始まり、夏休みの宿題を終えた娘は始業式2日前からの学習会から出席している最中です。

その代わり、母である私と一緒に登校し、娘は教室の机で私はクラスメイトから見えない影で椅子に座って過ごしている毎日です。

 

娘の小学校は低学年が始業式前の2日、高学年が3日とどちらも午前中のプリントなどの学習をするのが恒例となっております。もちろん、強制ではありませんので来なくても問題ありません。

しかし、不登校の児童のいる家庭にはこの始業式前の登校はチャンスの1つと考えるのではないでしょうか。

スクールカウンセリングの先生からはこの学習会がまず目標、そして始業式、そして休み明けの月曜日が大切だと言われていたので、私の心は緊張でいっぱいでした。

でも、そんな顔は見せられません。

行っても行かなくても、どっちでも構わないような素振りを意識していました。

学習会は案外スムーズに行けましたね。

 

もちろん、すんなりにはいきません。

 

すったもんだがありましたが、行けなくてもしょうがないと腹をくくっていたので特に大変とは感じませんでした。

 

また、担任の先生が娘を考慮したのかわかりませんが、2時間のうち1時間をプラバン製作とスライム製作にして頂いたおかげで楽しかったと言っていたのです。

 

それでも、翌日の始業式はすんなりいかず、「行きたくない」と泣き、暴れ、そして眠り。先生からの電話で目が覚め、何としても連れてきてくださいと言われたのです。

 

そんなとき、カウンセリングの先生に言われた言葉を自分に言い聞かせ冷静に娘の行動を待っていたら、準備をして結局3時間目から登校したのです。

 

「行きたくない」の言葉は「行きたい」ことの表れだとゆうこと。

 

これを信じ、黙って見守ったことが良かったのだと納得しました。

 

次回に続く。